なぜ僕らはNBAを観るのをやめられないのか

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はじめに

深夜3時、眠い目をこすりながらリーグパスを開く。
「もう寝よう」と思っても、気づけば再生ボタンを押してしまう。

なぜ僕らは、ここまでNBAに惹かれるのか。
どれだけ忙しくても、なぜ観るのをやめられないのか。

1試合の中に、何回も物語が起きる

NBAの試合は48分です。でもその48分のあいだに、主役が何度も入れ替わります。

前半まで何もできなかった選手が、第4クォーターに突然6本連続で決める。ずっとベンチだった若手が、3分だけ出て試合をひっくり返す。昨日まで無名だった選手の名前を、翌朝には全員が知っている。

これが週に3〜4回、半年以上続くわけです。そりゃ観るのをやめられません。

数字が、物語を裏切らない

NBAの面白いところは、感情で見たものが数字でも確かめられることだと思います。

「今日のあの選手、やけに効いてたな」と思って調べると、プラスマイナスが突出していたりする。逆に「派手だったけど勝ちに繋がってないな」と感じた試合は、効率の数字がひどかったりする。自分の目が合っていたのか、ズレていたのかが、後から確認できる。

この答え合わせができるスポーツは、意外と多くありません。しかもNBAは公式サイトでかなり細かい数字まで無料で見られます。沼にハマる導線が整いすぎています。

選手の人生が、長い時間をかけて見える

これがいちばん大きいかもしれません。

ドラフトで名前を呼ばれるところを見た選手が、2年目に伸び悩み、3年目に別のチームへ移り、5年目にようやく定着する。あるいは全体2位で指名された選手が、30歳でウェイブされる。大怪我から1年かけて戻ってくる選手もいれば、そのまま消えていく選手もいる。

82試合×何年も追いかけていると、スタッツの裏に人生が見えてきます。応援しているのが「チーム」なのか「選手」なのか、途中から自分でもよく分からなくなる。この感覚、たぶんNBAファンなら分かってもらえると思います。

82試合という長さが効いている

試合数が多いことを「冗長だ」と言う人もいます。でも僕は、この長さこそがNBAの核心だと思っています。

短期決戦なら、たまたま調子の良いチームが勝てます。82試合だと、ごまかしが効きません。ロスターの層、体調管理、コーチの引き出し、選手同士の関係。全部が削られて、最後に本当の実力が残る。

そして長いからこそ、途中の立て直しが見られます。12月に崩れたチームが2月に別のチームみたいになる。そういう変化は、短いシーズンでは絶対に起きません。

観たあと、誰かに話したくなる

これもNBAの中毒性だと思うのですが、試合を観終わったあと、やたらと人に話したくなります。

「昨日のあのプレー見た?」で始まる会話が成立するスポーツって、思ったより貴重です。しかもNBAは解釈の幅が広い。同じ試合を観ても、戦術の話をする人、選手の感情の話をする人、契約やサラリーキャップの話をする人がいる。どの角度から入っても会話が続く。

このブログを書いている理由も、たぶんそこです。観て終わりにできないから、調べて、書いて、誰かに読んでもらいたくなる。そういうスポーツなんだと思います。

オフシーズンも終わらない

さらに厄介なのが、シーズンが終わってもNBAは止まらないことです。

6月にファイナルが終わると、その数日後にはドラフト。7月にはフリーエージェントが動き、サマーリーグが始まる。8月は比較的静かですが、9月にはキャンプの招集が始まって、気づけば開幕です。

しかもオフの動きのほうが、試合より激しいことすらあります。「この選手がこのチームに?」という移籍が毎年必ず起きる。昨日まで優勝候補だったチームが、2週間で解体されていたりする。結局、1年のうち観なくていい時期がありません。

日本から観るということ

日本にいると、試合はだいたい平日の午前中です。生で観るなら仕事や学校を削るしかない。この不便さが、逆にのめり込ませている気もします。

そして八村塁や河村勇輝の試合があると、見方がまた変わります。自分と同じ国から来た選手が、テレビで見ていた選手と同じコートに立っている。あの感覚は、海外のリーグを追ってきた人ほど効くと思います。

ハイライトだけ見れば済むのに、わざわざ全部観てしまう。効率で考えたら完全に負けている趣味なんですが、やめられないんですよね。

結局、人間を見ている

深夜3時にリーグパスを開く理由を突き詰めると、ここに行き着きます。

勝ち負けだけなら、朝に結果を見れば足ります。それでもリアルタイムで観てしまうのは、うまくいかない時間も含めて見たいからなんだと思います。シュートが入らない日の表情、タイムアウト中のやりとり、負けた後のインタビュー。そこに出るものを見たくて、今日もまた開いてしまう。

まとめのひとこと

NBAを観るという行為は、ただの「娯楽」じゃない。
そこには、努力・再起・夢・仲間・人生が詰まっている。

だから僕らは今日もまた、画面を開く。
勝敗を超えて、“人間のエネルギー”を感じるために。

 

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