NBAのドレスコードとは?2005年導入の経緯とスーツ文化から今のトンネルファッションまで

NBAのドレスコードとは?2005年導入の経緯とスーツ文化から今のトンネルファッションまで
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NBAの試合前、選手たちがアリーナに入ってくる瞬間を映した映像を見たことがあるでしょうか。カラフルなスーツや個性的なバッグを携えて歩く、いわゆるトンネルファッションと呼ばれるあの光景です。今ではNBAの魅力の一つになっていますが、実はこの文化のきっかけをたどると、2005年にリーグが導入したドレスコードという規定に行き着きます。

当時は選手の自由を縛る規定として大きな反発を呼んだのですが、それが20年近い時間を経て、まったく逆のファッション文化を生み出す土台になりました。今回はこのドレスコードの歴史を振り返ってみます。

2005年10月17日、スターンが導入したドレスコード

NBAのドレスコードは、2005年10月17日に当時のコミッショナーだったデビッド スターンのもとで導入されました。2005-06シーズンの開幕と同時に、NBA全選手とNBA development league、現在のGリーグの選手にも義務づけられる規定になっています。北米の主要プロスポーツリーグとしては2番目の導入だったそうです。

この規定が生まれた直接のきっかけは、2004年に起きたマリス アット ザ パレスという、観客と選手が衝突した騒動でした。この一件はNBAの歴史の中でも特に大きな汚点として語られる事件で、リーグ全体のイメージ回復が急務になっていました。この事件によってNBAのイメージが大きく傷つき、ビジネス面にも影響が出ていたことから、スターンはリーグ全体の印象を立て直す狙いでドレスコードを導入したとされています。

禁止されたのはジャージやドゥラグ、義務づけられたのはビジネスカジュアル

規定の内容は細かく定められていました。試合への入退場時や負傷時のベンチ、公式業務の際には、ビジネスか保守的な服装が求められました。一方でジャージやジーンズ、帽子やドゥラグは禁止されました。Tシャツや大型アクセサリー、スニーカーやブーツ類も同様です。

区分内容
義務入退場時/負傷時のベンチ/公式業務の際にビジネスまたは保守的な服装
禁止ジャージ/ジーンズ/帽子やドゥラグ/Tシャツ/大型アクセサリー/スニーカーやブーツ類
違反時罰金 繰り返すと出場停止

コーチにも規定があり、当初はスーツかジャケットにネクタイが義務でした。この部分は後に緩和され、2020年のいわゆるNBAバブル以降は、チーム支給のポロシャツやジャージでの指揮も認められるようになっています。コートサイドでの動きやすさを考えると、現場からすれば歓迎された変化だったはずです。

アイバーソンらが訴えた人種的な側面への反発

導入当初、選手たちからは強い反発が起こりました。アレン アイバーソンやスティーブン ジャクソン、ポール ピアースといった選手たちは、服装で人格が変わるわけではないと主張しています。ヒップホップファッションを犯罪や悪いイメージに結びつけるのは、若い黒人選手やその文化を標的にした人種差別的な規定だという批判も広がりました。

チャールズ バークレーのように、人種的な側面があることを認めながらも規定自体には理解を示す選手もいました。経済的な負担を指摘する声もあり、Gリーグの新人だった選手が当時を振り返って、規定の費用が重荷になったと語っていた例も残っています。収入がまだ少ない若手ほど、スーツを一式揃えるコストが重く感じられたはずです。

個人的には、この時期の反発の大きさを見ると色々と考えさせられます。ドレスコードは単なる服装のルールではなく、リーグと選手の間の価値観のぶつかり合いだったのだと思います。アイバーソンにとっては、自分の表現そのものを制限されるという感覚があったはずです。

シルバー時代の緩和とトンネルファッション文化の誕生

2014年にアダム シルバーがコミッショナーに就任すると、規定は少しずつ柔らかくなっていきました。選手が自分らしい格好で入退場できる余地が広がり、その中で選手同士が装いを競い合うようになっていきます。これが今のトンネルファッションと呼ばれる文化の始まりでした。

2025年前後からは、背番号と同じくらい選手の個性を映す要素として、ファッションがファンの話題になっています。シャイ ギルジャス アレクサンダーやデビン ブッカーのような選手がファッションアイコンとして扱われ、SNSアカウントが入退場の装いを紹介するまでになりました。小規模なブランドが選手を起用して成長する例も出てきているそうです。

こうした流れは、スニーカー文化とも相性がいいようです。かつては禁止リストに入っていたスニーカーも、今ではブランドとのコラボモデルが話題になるほど、ファッションの中心的なアイテムになっています。規定で禁止されていたものが、形を変えて戻ってきたとも言えそうです。

選手の表現を抑えるために作られた規定が、結果的にNBAとファッション業界をつなぐきっかけになったというのは、なんとも面白い巡り合わせです。試合当日の過ごし方を調べたときにも感じましたが、NBA選手の生活は試合そのものだけでなく、そこに付随する文化まで含めて見ていくと面白みが増します。

緩和が進んだとはいえ、ドレスコード自体が撤廃されたわけではありません。公式業務の場でカジュアルすぎる服装が許されるわけではなく、今でもビジネスに準じた服装が基本の枠組みとして残っています。ただ、その枠の中でどれだけ個性を出せるかという方向に、選手たちの工夫が向かうようになったのが大きな変化だと思います。規定そのものは変わらなくても、その中身の捉え方が20年でまったく違うものになったわけです。

かつてはルールを押しつけられる側だった選手たちが、今では自らスタイリストを雇い、ブランドと契約を結ぶまでになっています。NBAにはサプリメントなど選手の私生活に関わる規定がほかにもありますが、その中でもドレスコードはファッションという形で最も分かりやすく文化として定着した例だと言えそうです。

自分がトンネルファッションの映像を見ていて面白いと思うのは、選手によって明らかにテイストが違う点です。クラシックなスーツでまとめる選手もいれば、かなり攻めた着こなしをする選手もいて、プレースタイルと同じくらい個性が出ている気がします。試合前のわずかな時間にそこまでこだわれるのは、それだけファッションが選手にとって大事な自己表現の手段になっているということなのだと思います。

ハーフタイムショーのように、NBAには試合そのもの以外にも楽しめる要素がいくつもあります。ドレスコードから始まったファッション文化も、その一つとしてこれからも注目していきたいところです。

Bリーグにも広がりつつある入場ファッション

日本のBリーグやBプレミアでも、近年はアリーナ入場時の服装に注目するファンが増えてきました。NBAほど派手な競い合いにはなっていませんが、選手個人のスタイルが少しずつ見えるようになってきているのは、NBA文化の影響を受けている部分もあるのかもしれません。

Bリーグは観客との距離が近いこともあり、こうした入場シーンがファンサービスの一部として機能しやすい環境にあると思います。今後、Bプレミアがさらに注目を集めていく中で、こうした文化がどこまで広がっていくのかも楽しみな部分です。自分のブログでもBプレミアの試合を扱う機会が増えているので、選手たちの入場スタイルにも注目してチェックしていきたいと思います。

まとめ

  • NBAのドレスコードは2005年10月17日、スターンのもとで導入された
  • マリス アット ザ パレス事件によるイメージ悪化が直接のきっかけ
  • ジャージやドゥラグなどが禁止され、ビジネスに準じた服装が義務化された
  • アイバーソンらは人種的な側面を指摘し強く反発した
  • シルバー時代に緩和が進み、今のトンネルファッション文化につながった

選手の自由を制限するはずだった規定が、20年近い時間をかけて個性を表現する舞台に変わっていったというのは、NBAの歴史の中でも面白い流れだと思います。これからもトンネルファッションがどんな方向に進化していくのか、楽しみに見ていきたいところです。

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