日本男子バスケ、オリンピック出場史。8回の出場と45年続いた空白期間を振り返る

日本男子バスケ、オリンピック出場史。8回の出場と45年続いた空白期間を振り返る
記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

2024年のパリ五輪で日本代表がフランスと対戦したスタッツを振り返る機会は多いと思いますが、そもそも日本の男子バスケットボール代表がオリンピックにどれだけ出場してきたのかを整理した記事は意外と少ないように感じます。実は日本男子は1936年のベルリン大会を含めて、これまでに8回しかオリンピックの舞台に立っていません。サッカーや野球など他競技の代表と比べても、出場そのものが簡単ではなかった歴史を持つ競技だと言えます。その8回の内容と、長く続いた出場できない時期を振り返ってみたいと思います。

1936年ベルリン、初出場で見せた健闘

日本男子バスケットボールが初めてオリンピックに出場したのは1936年のベルリン大会でした。この大会で日本は2勝1敗という成績を残しましたが、3回戦でメキシコに敗れ、ベスト8入りを逃しています。バスケットボール自体がこの大会から正式競技として採用されており、日本はその記念すべき第1回大会にいきなり出場していたことになります。初出場でいきなり2勝を挙げられたことを考えると、決して低いレベルからの出発ではなかったと言えそうです。90年以上前の記録ながら、今振り返っても興味深い出発点だったと思います。

続く1940年の東京大会は、日本が開催国として予定されていました。しかし日中戦争の激化によって開催権を返上することになり、実現しませんでした。バスケットボール日本代表にとっても、自国開催という大きな舞台を経験する機会がここで一度失われたことになります。その後の第二次世界大戦を挟んで、日本が再びオリンピックの舞台に立つまでには長い時間が必要でした。もし1940年の東京大会が実現していたら、日本のバスケットボール界の歩みもまた違ったものになっていたかもしれません。

戦後の再出発、1964年東京で見せた過去最多の白星

戦後の日本が再びオリンピックに出場したのは1956年のメルボルン大会でした。1次リーグで1勝2敗を記録し、最終的に10位という結果です。続く1960年のローマ大会は7戦全敗、15位という厳しい結果に終わりました。ところが1964年、開催国として迎えた東京大会で、日本はそれまでの成績を大きく上回ります。4勝を記録し、これは今に至るまで日本男子のオリンピック最多勝利数です。16カ国中10位という成績は、過去の出場の中でも最も高い順位と並ぶものでした。地元開催という後押しもあったはずですが、それでも4勝という数字は単純な巡り合わせだけでは説明できない内容だったと思います。今から見ても、この1964年の成績は日本男子バスケットボールの歴史の中でひときわ輝く記録として語られています。半世紀以上が過ぎた今も、この4勝という数字を上回る大会は現れていません。

大会開催地戦績順位
1936年ベルリン2勝1敗3回戦敗退
1956年メルボルン1勝2敗10位
1960年ローマ0勝7敗15位
1964年東京4勝(最多)10位
1972年ミュンヘン1勝6敗14位
1976年モントリオール0勝5敗11位
2021年東京0勝3敗1次リーグ敗退
2024年パリ0勝3敗11位

1964年の健闘のあと、1968年のメキシコシティ大会は出場を逃しました。1972年のミュンヘン大会では出場を果たしたものの1勝6敗で14位にとどまります。1976年のモントリオール大会も1次リーグを5戦全敗で終え、11位決定戦は不戦勝だったため最終順位は12カ国中11位という結果でした。開催国という後押しがあった1964年を除くと、世界との差はむしろ広がっていたことがうかがえる時期だったと思います。この1976年のモントリオール大会が、長い空白期間に入る前の最後の出場になりました。

1980年から2016年、45年続いた出場できない時期

1976年のモントリオール大会を最後に、日本男子はオリンピックの出場権を長く手にできない時期に入ります。1980年のモスクワ大会から2016年のリオデジャネイロ大会まで、実に10大会連続で出場を逃しました。1976年から2021年の東京大会まで数えると45年という長さになります。アジア予選の壁を越えられない大会が繰り返され、4年に1度のたびに出場を逃す現実を積み重ねていくことになりました。この間、女子代表が先に世界との距離を詰めていったのに対して、男子代表にとってはオリンピックという舞台そのものが遠い存在になっていた時期だったと言えます。こうした結果が重なっていくことは、選手やファンにとっても決して楽なことではなかったはずです。長期的な低迷という言葉だけでは片づけられない、重苦しい期間だったと思います。関係者にとっても歯がゆい時間が続いていたはずです。

特に2004年以降は、国内にbjリーグとNBLという2つのトップリーグが並び立ち、代表強化の体制を一本化できなかったことも足かせになっていたはずです。この構造的な問題は2014年のFIBAによる資格停止処分という形で表面化し、その反省からBリーグが創設されました。長い出場できない時期は、男子代表だけの課題ではなく、日本バスケ界全体の体制が問われていた時期だったと言えます。

2021年東京、2024年パリ、再び開いた出場の道

45年ぶりにオリンピックの舞台に戻ってきたのが2021年の東京大会でした。開催国としての出場権での復帰となり、1次リーグを3戦全敗で終えています。開催国枠がなければこの出場自体が実現しなかった可能性も十分にあり、その意味では長い空白を完全に乗り越えたとは言えない大会だったかもしれません。それでも、この大会をきっかけに男子代表の強化が本格的に進んでいった面は大きいはずです。アジアの舞台で圧倒的な強さを見せる試合が増えてきたのも、この時期以降の積み重ねによるものだと感じています。

そして2024年のパリ大会では、開催国枠に頼らず、W杯での成績を通じて自力で出場権を獲得しました。結果は3戦全敗で最終順位11位でしたが、冒頭で触れたフランス戦のスタッツを見ても、強豪相手に善戦する場面は確かに増えていました。開催国枠に頼らずに出場権を勝ち取ったという点は、1976年までの時代とも2021年とも違う、新しい到達点だったと思います。W杯という世界大会の中で結果を積み上げてオリンピックの出場権を手にしたという道のりは、過去のどの出場とも違う形だったはずです。アジアの舞台での戦いぶりを見ても、世界との差を縮めようとする歩みは今も続いています。2大会連続でオリンピックに出場できたこと自体、1976年までの歴史を踏まえると簡単なことではありません。

出場権の取り方で見えてくる、代表チームの変化

8回の出場のうち、1964年と2021年は開催国としての出場という共通点があります。それに対して2024年は、W杯での成績を通じて出場権を自力でつかみ取った大会でした。長い空白を挟んで、開催国枠に頼らずオリンピックをつかみ取れるチームへと変わってきたことになります。背景にはBリーグ創設による国内体制の一本化があります。加えてNBAでプレーする日本人選手が増えてきたことも大きいはずです。勝敗の数字だけを見ると厳しい歴史に見えますが、出場権をどう手にしてきたかという視点で見ると、男子代表は確かに前に進んできたチームだと感じます。次のロサンゼルス大会でも、開催国枠に頼らない3大会連続の出場を目指す戦いが続いていくことになります。

まとめ

  • 日本男子バスケは1936年ベルリン大会から2024年パリ大会まで8回オリンピックに出場している
  • 1964年東京大会の4勝は今も続く日本男子のオリンピック最多勝利数
  • 1980年から2016年までの10大会、45年にわたって出場できない時期が続いた
  • 2024年パリ大会は開催国枠に頼らずW杯経由で出場権を獲得した大会だった

個人的には、45年という空白の長さを知ると、2021年と2024年に連続でオリンピックの舞台に立てたことの重みがより伝わってくる気がします。1964年の4勝は地元開催という後押しがあったとしても立派な記録ですが、2024年の挑戦は自分たちの力で道を切り開いた結果だという点で、また違った価値を持つ出場だったと思います。勝敗の記録だけを並べると寂しく見える歴史も、どうやって出場権をつかんできたかという視点を加えると、まったく違う物語として見えてくると感じます。次のロサンゼルス大会でどんな戦いを見せてくれるのか、個人的にも楽しみにしながら引き続き追いかけていきたいです。

楽天でチェック

当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。
タイトルとURLをコピーしました