NBAの歴史を振り返ると、1本のトレードでリーグの勢力図そのものが変わってしまうことがあります。今回は、自分が特に印象に残っている4つの大型トレードを選んで振り返ってみます。選び方に正解はありませんが、関わった選手の大きさと、その後のリーグへの影響を基準にしました。
1975年 カリーム アブドゥル ジャバーがレイカーズへ
1975年6月16日、ミルウォーキー バックスはカリーム アブドゥル ジャバーとウォルト ウェズリーをロサンゼルス レイカーズへ送りました。見返りにバックスが獲得したのは次の4人です。
- ジュニア ブリッジマン
- デイブ マイヤーズ
- エルモア スミス
- ブライアン ウィンターズ
当時すでにMVPを複数回受賞していたアブドゥル ジャバーを放出するというのは、今の感覚で考えても相当に大きな決断だったはずです。この移籍によってレイカーズは1980年代の黄金期につながる土台を手に入れました。バックスにとっても、獲得した4人がその後のチームづくりに貢献しています。半世紀近く前のトレードですが、今でも歴代トレードを語るうえで欠かせない1件だと思います。
個人的に面白いのは、当時すでにスーパースターだった選手を放出する側のバックスにも、それなりの計算があったという点です。見返りに獲得した4人は決して無名の選手ではなく、その後のバックスを支えていきました。1人の超大型選手を放出するトレードでも、受け取る側がしっかり機能すれば、放出した球団もそこまで沈まずに済むという1つの実例だと思います。
2007年 ケビン ガーネットがセルティックスへ
2007年7月31日、ミネソタ ティンバーウルブズはケビン ガーネットをボストン セルティックスへ送りました。セルティックスからウルブズへ渡ったのは次の5選手と、2009年ドラフト1巡目指名権2つです。この指名権は、のちにウェイン エリントンとジョニー フリンの指名に使われました。
- ライアン ゴメス
- ジェラルド グリーン
- アル ジェファーソン
- セオ ラトリフ
- セバスチャン テルフェア
このトレードで、セルティックスはすでにいたポール ピアースにガーネットとレイ アレンを加えたビッグ3を結成し、2007-08シーズンにそのまま優勝を果たしています。1つのトレードで即座に優勝チームが作られたという意味で、NBA史の中でも成功例として語られることの多い1件です。
一方でウルブズにとっては、エース選手を手放した代わりに若手と指名権を集めるという、その後のリーグでもよく見られるようになった再建の形を早い段階で示したトレードでもあります。獲得した選手たちがそのまま主力になったわけではありませんでしたが、こうした割り切り方自体は今のタンキングの考え方にもつながっているように見えます。
2011年 クリス ポールが拒否権つきでクリッパーズへ
2011年12月14日、ニューオーリンズ ホーネッツはクリス ポールをロサンゼルス クリッパーズへ送りました。クリッパーズからホーネッツへは次の3選手と、ミネソタから獲得していた1巡目指名権、さらに2015年の2巡目指名権2つが渡りました。
- エリック ゴードン
- クリス カーマン
- アルファルーク アミヌー
このトレードが語り継がれているのは、成立までの経緯が異例だったからです。もともとはレイカーズがラマー オドムとパウ ガソルを出してポールを獲得する3球団トレードで合意していました。ところが当時のホーネッツはNBAリーグ自体が保有するという特殊な球団で、コミッショナーのデイビッド スターン氏が承認権を持っていました。スターン氏はこの案を拒否し、ホーネッツにとってもっと良い条件があるはずだと判断したのです。
結果として破談になったレイカーズとの話に代わり、クリッパーズが新しい案を提示してポールの獲得に成功しました。1人のスター選手の移籍先を、リーグのコミッショナーが実質的に決めてしまったという意味で、NBA史の中でもかなり異色のトレードだと思います。
この一件以降、球団をリーグ自体が保有するという状況そのものが珍しくなったこともあり、似たような騒動は起きていません。それでもクリス ポール選手がその後クリッパーズで長くチームの顔として活躍したことを考えると、結果的には悪くない移籍先だったのではないかと自分は思っています。
2019年 アンソニー デイビスがレイカーズへ
2019年6月15日、ニューオーリンズ ペリカンズはアンソニー デイビスをロサンゼルス レイカーズへ送りました。ペリカンズが獲得したのは次の3選手と、その年の全体4位指名権を含む1巡目指名権3つです。
- ロンゾ ボール
- ブランドン イングラム
- ジョシュ ハート
当時すでにレブロン ジェームズが加入していたレイカーズにデイビスが加わったことで、チームは2019-20シーズンの優勝へ一気に近づきました。ドラフト指名権の価値を調べた記事でも触れましたが、全体4位指名権を含む3本もの1巡目指名権を手放してでも欲しい選手だったというのが、デイビスという選手の評価の高さを物語っていると思います。
ペリカンズにとっても、獲得したロンゾ ボールやブランドン イングラムがその後のチームの中心として育っていった面があり、デイビス1人を手放した代わりに若いチームを作り直すという方向性自体は間違っていなかったと思います。実際にこの3選手はしばらくペリカンズの顔として活躍しました。将来の1巡目指名権をトレードする仕組みを踏まえると、3本もの指名権を一度に動かすというのも簡単にできることではありません。
2025年 ルカ ドンチッチがレイカーズへ
2025年2月、ダラス マーベリックスはルカ ドンチッチをロサンゼルス レイカーズへ送るという、発表直後から世界中を驚かせたトレードを成立させました。レイカーズが獲得したのはドンチッチに加えてマキシ クレーバーとマーキーフ モリスです。マーベリックスはアンソニー デイビス、マックス クリスティ、2029年の1巡目指名権を獲得しました。ユタ ジャズも関わる3球団トレードで、ジャズはジェイレン フッド シフィーノと2025年の2巡目指名権2つを手にしています。
このトレードが驚きだったのは、ドンチッチがまだ20代前半で、マーベリックスの顔とも言える選手だったからです。ノートレード条項について調べた記事でも触れていますが、こうした主力選手を保護する仕組みがない契約だったからこそ、球団の判断1つでこれだけ大きなトレードが成立してしまうわけです。トレードデッドラインの仕組みを考えると、シーズン中にここまでの大型トレードが動いたこと自体も異例だったと思います。
| 年 | 主な中心選手 | 移籍先 |
|---|---|---|
| 1975年 | カリーム アブドゥル ジャバー | バックスからレイカーズへ |
| 2007年 | ケビン ガーネット | ティンバーウルブズからセルティックスへ |
| 2011年 | クリス ポール | ホーネッツからクリッパーズへ |
| 2019年 | アンソニー デイビス | ペリカンズからレイカーズへ |
| 2025年 | ルカ ドンチッチ | マーベリックスからレイカーズへ |
こうして並べてみると、1970年代から2020年代まで、時代ごとに大型トレードの形は少しずつ変わってきているように見えます。1970年代は選手数名での交換が中心でした。2000年代後半は選手と指名権を組み合わせた再建型が目立つようになり、2010年代以降は指名権そのものの価値が重視されるようになります。2020年代に入ると、関わるチーム数が増えた多角的なトレードも増えてきました。NBAという1つのリーグの中で、トレードの作法自体が進化してきたのだと思います。
まとめ
- 1975年、アブドゥル ジャバーがバックスからレイカーズへ移籍した。
- 2007年、ガーネットがウルブズからセルティックスへ移籍し、翌シーズンに優勝した。
- 2011年、クリス ポールがコミッショナーの判断でクリッパーズへ移籍した。
- 2019年、デイビスがペリカンズからレイカーズへ移籍し、翌年の優勝につながった。
- 2025年、ドンチッチがマーベリックスからレイカーズへ電撃移籍した。
- 5件のうち3件がレイカーズ絡みという結果になった。
振り返ってみると、レイカーズが関わるトレードが多いことに自分でも驚きました。常に大型補強を狙い続けてきた球団の歴史そのものが表れているのかもしれません。これからもリーグを揺るがすようなトレードが出てくるはずなので、楽しみに追いかけていきたいと思います。選び切れなかった大型トレードもまだたくさんあるので、機会があればまた別の切り口で振り返ってみたいと思います。
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