「負けた方が得」という不思議な状況
前回は、将来の1巡目指名権がトレードの材料としてどう動くのかを見ました。ステピアン・ルールや7年ルール、プロテクトといった仕組みがあるのは、それだけ指名権が大事な資産だからです。今回はその「指名権の価値」が、チームの戦い方そのものを歪めてしまう話をします。
テーマはタンキングです。シーズン中に勝つことよりも、あえて負けを重ねて順位を下げ、ドラフトで上位の指名権を手に入れようとすること。NBAを見ていると毎年のように話題になりますが、なぜそんなことが起きるのか、リーグはどう対応してきたのかを、ドラフト制度の入門として整理していきます。
なぜ負けることが「戦略」になるのか
第3回で見たように、NBAドラフトの上位指名権はプレーオフに進めなかったチームの間でロッタリー(抽選)によって決まります。そして抽選の当たりやすさは、基本的にレギュラーシーズンの成績が悪いチームほど高く設定されてきました。弱いチームに有望な若手を回し、戦力を均衡させるための仕組みです。
ところが、この仕組みには裏返しの面があります。どうせプレーオフに届かないなら、中途半端に勝つより最下位近くまで沈んだ方が、上位指名の可能性が上がる。第8回で触れたルーキースケールの話も合わせると、上位で当たりの選手を引ければ、数年間は安い金額でチームの柱を抱えられます。1シーズン分の勝ち星と引き換えにしても割に合う、と考えるチームが出てくるのは自然な流れです。
実際のやり方としては、主力をトレードで放出して若手中心のロスターにする、ケガ明けの選手を慎重に休ませる、終盤の接戦で主力をベンチに下げる、といった形が多いです。どれも一つひとつは「若手の育成」「選手の健康管理」と説明がつくので、どこからがタンキングなのか線を引きにくいのが厄介なところです。
実例:76ersの「プロセス」
タンキングを語るうえで避けて通れないのが、2010年代のフィラデルフィア・76ersです。当時GMだったサム・ヒンキー氏のもとで、76ersは戦力を大胆に削り、若手と指名権を集める方針を取りました。ファンの間では「Trust the Process(プロセスを信じろ)」という言葉で知られています。
成績は2013-14シーズンが19勝63敗、2014-15シーズンが18勝64敗、2015-16シーズンが10勝72敗でした。その間のドラフトで、2014年に3位でジョエル・エンビード、2016年に1位でベン・シモンズを指名しています。一方で、ヒンキー氏は2015-16シーズンの終盤に辞任しており、計画を始めた本人が結果を見届けたわけではありませんでした。
調べてみて思ったのは、この時期の76ersが「成功例」と「やってはいけない例」の両方として語られていることです。エンビードというスターは手に入った。でも、何年も勝てないチームを見続けたファンや、その中でプレーした選手のことを考えると、手放しで真似していい方法とは言いにくい。リーグがタンキングに神経質になった背景には、この時代の印象がかなり強く残っていると思います。
リーグの対策1:2019年のロッタリー改革
NBAは2017年9月に理事会でロッタリーの変更を承認し、2019年のドラフトから適用しました。それまでは最下位チームが1位指名権を引く確率が25%ありましたが、改革後は成績下位3チームがいずれも14%で並ぶ形になりました。
あわせて、抽選で決める順位が上位3つから上位4つに増え、最下位チームが最悪で5位まで下がる可能性が生まれました。最下位とその少し上の差を小さくして、「とにかく一番下まで落ちる」意味を薄めた、というのがこの改革の狙いです。
リーグの対策2:罰金と出場ルール
制度だけでなく、言動や起用への処分もあります。2018年2月には、ダラス・マーベリックスのオーナーだったマーク・キューバン氏が、ポッドキャストで選手に「負けることが最善の選択肢だ」と話したと明かし、リーグから60万ドルの罰金を科されました。実際に負けたかどうかではなく、公の場でそう発言したこと自体が問題とされた例です。
2023年には、スター選手が理由なく試合を休むことを制限する選手出場ポリシーも導入されました。2026年2月には、この流れの中でユタ・ジャズが50万ドル、インディアナ・ペイサーズが10万ドルの罰金を受けています。ジャズは、まだ勝敗が分からない試合で主力2人を第4クォーター前に下げて戻さなかったこと、ペイサーズは出場可能だったと判断された主力を休ませたことが理由でした。
リーグの対策3:2027年からの「3-2-1ロッタリー」
そして2026年5月28日、NBAの理事会は新しいロッタリー方式を承認しました。2027年のドラフトから適用される3-2-1ロッタリーです。
ロッタリーの対象は14チームから16チームに広がり、プレーイン・トーナメントで敗れたチームも加わります。プレーオフにもプレーインにも届かなかったチームには抽選ボールが3つずつ配られますが、成績下位3チームは「ドラフト降格」として1つ減らされて2つになります。プレーインの9位・10位チームは2つ、7位対8位の試合に敗れたチームは1つです。1位指名権を引く確率は、ボール3つのチームが8.1%、ボール2つのチームが5.4%になります。
つまり新方式では、最下位付近まで落ちると、少し上の順位より当たりにくくなるわけです。そのほか、自チームの指名権で2年連続の1位指名を引けない、3年連続でトップ5に入れない、といった制限も付きました。この方式は2029年のドラフトまでの予定で、その後はあらためて理事会で決めることになっています。
3-2-1ロッタリーの具体的な確率や、本当に弱いチームが不利になりすぎないかという議論については、当サイトのNBAの新しいタンキング対策「3-2-1ロッタリー」の解説記事で詳しくまとめています。今回の入門編とあわせて読んでもらえると、流れがつかみやすいと思います。
重要キーワード
- タンキング:上位の指名権を得るために、チームがあえて負けを重ねるような戦い方をすること
- ロッタリー改革(2019年):成績下位3チームの1位指名確率を14%にそろえ、抽選で決める順位を上位4つに増やした変更
- 選手出場ポリシー:2023年に導入された、スター選手の不必要な欠場を制限するルール
- 3-2-1ロッタリー:2027年ドラフトから適用される新方式。対象を16チームに広げ、抽選ボールを3・2・1個で配る
- ドラフト降格:3-2-1ロッタリーで、成績下位3チームの抽選ボールを1つ減らす仕組み
まとめ:ドラフトの価値が高いほど、タンキングの誘惑も強くなる
タンキングは、ドラフトが「弱いチームを助ける仕組み」であることの裏返しとして生まれます。上位指名権の価値が高いほど、負けることに意味が出てしまう。リーグはロッタリーの確率を平らにしたり、罰金を科したり、最下位付近を逆に不利にしたりと、何度も手を入れてきました。
それでも、若手に経験を積ませることと、勝ちを諦めることの境目は外からは見えにくいままです。3-2-1ロッタリーが実際にチームの行動をどこまで変えるのかは、2027年のドラフト以降を見てみないと分かりません。シーズン終盤に下位チームの起用を見るときは、ロッタリーの仕組みを頭に置いておくと、ニュースの見え方が少し変わってくると思います。
次回は、ロッタリー改革の歴史――NBAは何度も確率を変えてきたを取り上げます。今回少し触れた2019年の改革より前にも、ロッタリーの方式は何度も変わってきました。その移り変わりを順番にたどっていきます。どうぞお楽しみに。


