「監督ってどうやって決まってくんだろ?」
ニュースで新しいヘッドコーチの就任が流れてくるたびに、ふとそう思っていました。発表の場面は目にしても、その前に誰がどう選んで、どんな順番で話が進んでいるのかは、考えてみると全然知らないんです。せっかくなので、「有名な監督になるにはどんな道があるのか」も一緒に調べてみることにしました。
日本では「監督」と呼ぶことも多いですが、NBAの役職名はヘッドコーチ(Head Coach)なので、この記事では基本的にヘッドコーチと書きます。材料にしたのは、主に2025年と2026年のオフシーズンに実際にあった採用の事例と、有名なヘッドコーチたちの経歴です。先に言っておくと、決め方は球団によってバラバラで、ヘッドコーチへの道も1本ではありませんでした。
誰がヘッドコーチを決めているのか
オーナーなのか、GMなのか、それともリーグ側が絡んでいるのか。最初に知りたかったのはここです。調べてみると、選考を主導する人は球団ごとに違っていました。
2026年のオフシーズンで見ると、ブルズはブライソン・グレイアムを運営部門のトップに迎えたあと、グレイアムと新しいフロントが選考を担当し、4人の最終候補がシカゴで球団幹部と面談したとESPNが伝えています。マジックはバスケットボール運営部門の社長、ジェフ・ウェルトマンが採用を発表しました。マブスは、ガバナーのパトリック・デュモントが新社長のマサイ・ウジリにヘッドコーチの去就を決める全権を与えた、とESPNが報じています。
一方、トレイルブレイザーズはGMのジョー・クローニンが主導して十数回の面接を重ねたと報じられ、バックスはオーナーグループとGMのジョン・ホーストが採用に関わりました。2025年のサンズはオーナーのマット・イシュビアとGMのブライアン・グレゴリーが共同で主導し、地元局azfamilyによれば約1か月半で十数人以上を検討しています。最終候補に残ったのは、のちに就任するジョーダン・オットと、同じキャバリアーズのアシスタントだったジョニー・ブライアントの2人だそうです。
並べてみると、運営部門のトップが中心になる球団が目立つものの、最終段階でオーナーが面談に加わる例もあって、「この役職の人が決める」とは一言で言えません。2025年のニックスも、最後はオーナーのジェームズ・ドーランが面談しています。個人的に面白いと思ったのは、ブルズやマブスのように運営部門のトップが替わったタイミングでヘッドコーチも入れ替わっている球団があることで、フロントの新体制とセットで動くんだなと感じました。なお、リーグ(コミッショナー事務局)がコーチの採用を承認するといった話は、私が調べた範囲では見つけられませんでした。ただ、規約の最新の公式版を確認できたわけではないので、「ない」と断言するのは控えておきます。
選考の流れは、2025年のニックスがいちばん追いやすかった
2025年のニックスは、トム・シボドーを解任したあと、候補を洗い出して面接を進めています。ESPNによると、マイク・ブラウンは「ニックスの面接を複数回受けた唯一の候補」で、7月1日にはリオン・ローズ社長、フロント幹部、オーナーのドーランと面談しました。最終候補には、元グリズリーズのテイラー・ジェンキンス、ペリカンズのアソシエイトヘッドコーチだったジェームズ・ボレゴ、ティンバーウルブズのアシスタントだったマイカ・ノリらの名前が挙がっていたそうです。
ここで少しややこしいのが日付です。ブラウンの採用は7月1日から2日にかけて報じられましたが、球団が正式に発表したのは7月7日でした。この「報道」と「正式発表」のズレは他の球団でも同じで、マジックのショーン・スウィーニーは5月29日に合意間近と報じられ、6月1日にマジックが採用を発表、就任を正式に紹介する記事が出たのは6月18日です。スウィーニーは当時スパーズのアソシエイトヘッドコーチで、NBAファイナルが終わるまではスパーズに残る形でした。
ブルズのティアゴ・スプリッターも、6月15日にESPNが合意を報じ、19日にNBA.comが就任を紹介する記事を出しています。「いつ決まったのか」は、どの報道を基準にするかで数日ずれるので、日付を追うときは要注意ですね。整理すると、前任者の退任、候補の洗い出し、面接(複数回)、最終候補にオーナー面談、オファー、合意の報道、正式発表、という順番でした。あくまで各球団の報道から見えた流れで、リーグ共通の手順があるのかまでは分かりません。
現役のヘッドコーチを呼ぶには、所属球団の許可がいる
選考でいちばん気になったのが、すでに他球団と契約しているコーチをどう面接するのか、という点です。リーグの規約には引き抜き(タンパリング)を禁じる決まりがあり、他球団と契約中のコーチも対象に含まれるとされています。ただ、私が確認できたのは非公式に公開されている2019年版の写しまでで、最新の公式版までは見られていません。
実務の姿は、2025年のニックスの例でよく分かります。Yahoo SportsとESPNによると、ニックスは現役のヘッドコーチ5人、ジェイソン・キッド(マブス)、イメ・ウドカ(ロケッツ)、クリス・フィンチ(ティンバーウルブズ)、クイン・スナイダー(ホークス)、ビリー・ドノバン(ブルズ)への面接許可を求めて、すべて断られました。つまり、現役のヘッドコーチと面接するには所属球団の許可が必要で、球団は断れる、ということです。ブラウン本人も、誰が許可を拒否されるかは自分にはコントロールできなかった、という趣旨の話をしているそうです。
ちなみに、断られた5人のうちキッドとドノバンは、2026年に所属チームのヘッドコーチを退いています。キッドの退任についてマブスは「双方の合意」と説明していますが、解任と表現する報道もあります。断られた側のチームでも1年後にはこうなっているのだから、ヘッドコーチの立場は本当に流動的だなと感じます。
許可の先には補償の話もあります。2013年、クリッパーズはセルティックスのヘッドコーチだったドク・リバースを迎えるにあたって、2015年の1巡目指名権(プロテクトなし)をセルティックスに渡しました。2014年には、バックスがネッツのキッドを迎える際に、2015年と2019年の2巡目指名権を渡しています(ネッツは当初1巡目を求めたものの、折り合ったそうです)。どちらも球団同士の交渉で決まった例で、私が調べた範囲では一律のルールは見つかりませんでした。ヘッドコーチが指名権とセットで動くなんて、選手みたいで不思議な感じがしますね笑。なお、スウィーニーやスプリッターのようなアシスタントや暫定ヘッドコーチの場合に、許可や補償がどうなっていたのかは、私が読んだ記事には書かれておらず分かりませんでした。
球団は何を見ているのか
球団側が公に語った言葉を拾ってみると、共通する言葉がいくつかありました。マジックのウェルトマンは、スウィーニーについて強い労働倫理、細部へのこだわり、明確なコミュニケーション、競争心と責任感、そして現代的で創造的なコーチングのアプローチを挙げています。バックスのオーナーグループはジェンキンスの「細部への注意、タフさ、コミュニケーション能力」を、サンズのオットについてはショームズ・シャラニアが「攻守の創造性、選手育成、コミュニケーション」を強みとして挙げています。
見事に「コミュニケーション」が3人とも入っています。もちろん発表のときに並べる言葉なので、そのまま選考基準とは限りませんし、公式の採用基準のような資料が出ているわけでもありません。ただ、戦術の知識だけでなく、選手や球団幹部とどう話せる人なのかが問われているのは間違いなさそうです。
印象に残ったのは、スウィーニー本人がマジックの面接を「最も徹底的で、質問の仕方が最も優れていた」と話していることです。面接は選ばれる側だけでなく、球団側も試される場なんだなと思いました。2014年のウォリアーズがコーチ経験のないスティーブ・カーを採用したときは、ESPNの当時の記事に、カーが自分の資格をPowerPointで説明したという趣旨の記述もあります。元スターでも面接ではプレゼンをするんですね。
契約は、報道ベースで見るしかない
契約については、先に断っておくと、球団の正式発表では年数も金額も出ないのがふつうのようです。NBA.comに載っていた採用発表(バックス、マジック、ブルズ、グリズリーズ)は、どれも契約条件には触れていませんでした。金額は報道に頼るしかないので、以下はすべて「報じられた」数字です。
ニックスのブラウンは、SNYのイアン・ベグリー記者の情報として、4年・総額4,000万ドルと報じられました。2023年にピストンズがモンティ・ウィリアムズと結んだのは6年・総額7,850万ドルで、ESPNは当時のNBA史上最大のヘッドコーチ契約と伝えています。スポルストラは2024年1月に、8年・1億2,000万ドル超の延長で合意したと報じられました。カーは2014年の採用時に5年・約2,500万ドルと報じられ、2026年5月には2年契約で残留したと報じられ、その際のESPNの記事には、前季の年俸1,750万ドルがリーグ最高額だったと書かれています。2014年の額を単純に5年で割ると年500万ドルほどなので、そこから見るとかなり上がっていますね。
2026年にトレイルブレイザーズが採用したマイカ・ノリの契約は、ちょっと変わった形でした。The Athleticが最初に報じ、ESPNとCBSが引用したところでは、保証されているのは2026-27シーズンの1年だけで、2027-28と2028-29はチームオプション、インセンティブに応じたスライディングスケール(金額は非公表)だそうです。CBSは典型的なヘッドコーチ契約より保証が少ないと説明し、新オーナーの方針という見方を伝えていますが、これはCBSの説明で、オーナー本人の発言ではありません。ヘッドコーチの契約は、思っていた以上に球団ごとに形が違うようです。
有名ヘッドコーチになるルートは、1本じゃなかった
もうひとつの疑問、「有名な監督になるにはどうすればいいのか」に移ります。結論から言うと、決まった道はなく、実例もそれぞれ違っていました。今回は、元スター、ビデオコーディネーター、Gリーグ、大学、ヨーロッパ、フロントの6つに分けて、それぞれの実例を見ていきます。
元スターから。カー、ナッシュ、キッド
スティーブ・カーは、選手として15年プレーし、ブルズで3回、スパーズで2回優勝しています。引退後はサンズのGM(2007〜2010年)やTNTの解説者を務めましたが、ヘッドコーチの経験はないまま、2014年5月にウォリアーズに採用されました。ESPNによれば、フィル・ジャクソンのニックスからの誘いを断っての就任だったそうです。ヘッドコーチとしては優勝4回(2015、2017、2018、2022年)、ファイナル進出6回で、2026年でウォリアーズ13季目に入っています。
一方のスティーブ・ナッシュは、2020年9月にネッツがヘッドコーチとして採用しました。ウォリアーズで選手育成のコンサルタントを5年務めた経歴はあるものの、フルタイムのNBAヘッドコーチは初めてで、球団発表によれば契約は4年です。ただ、ナッシュは2022年に退任しています。キッドは2013年6月に現役を引退し、その約10日後にネッツのヘッドコーチに就任しました。その後バックス、マブスと渡り、2024年にはマブスをファイナルへ導きましたが、2026年5月に退任、マブスでは5シーズンで205勝205敗でした。
同じ「元スターで、コーチ経験ほぼなし」でも、その後がここまで違うのは、面白いというかシビアだなと思います。元スターは球団に会ってもらいやすい入口になるのかもしれませんが、続けられるかどうかは別の話のようです。
ビデオコーディネーターから。スポルストラ、ブラウン、スウィーニー、オット
エリック・スポルストラは、1995年にヒートにビデオコーディネーター(映像担当のスタッフ)として入りました。その後アシスタントを経て、2008年4月28日、パット・ライリーの後任としてヒート史上6人目のヘッドコーチに昇格しています。優勝2回(2012、2013年)、ファイナル進出6回、通算725勝(2024年1月時点)で、2024年には8年・1億2,000万ドル超の延長が報じられました。映像を見ている裏方から、同じ球団のままトップまで上がった人です。
マイク・ブラウンも同じ出身です。1992年にナゲッツのビデオコーディネーター兼スカウトとして入り、ウィザーズ、スパーズ、ペイサーズでアシスタントを重ねて、2005年6月、35歳でキャバリアーズのヘッドコーチになりました。当時リーグで2番目の若さだったそうです。その後はレイカーズのヘッドコーチ、ウォリアーズでカーの下のアシスタント、キングスのヘッドコーチと続き、コーチ・オブ・ザ・イヤーは2度受賞、2024年12月にキングスを解任されたあと、2025年にニックスへ。そして2026年のNBAファイナルで、ニックスをスパーズに4勝1敗の優勝へ導きました。NBA.comによると、ブラウンはアシスタントとして4回(2003年スパーズ、2017・2018・2022年ウォリアーズ)、ヘッドコーチとして1回、計5回のNBA優勝に関わったことになります。
スウィーニーの出発点も、当時ニュージャージーにいたネッツのビデオコーディネーターでした。そこから複数のチームでアシスタントを務め、スパーズのアソシエイトヘッドコーチを経てマジックのヘッドコーチになっています。オットも、ミシガン州立大でトム・イジョーの下のビデオコーディネーターを務め、2012年からNBAのアシスタントに入り、サンズが初めてのヘッドコーチ職でした。
ここで気づいたのですが、2026年のファイナルは、ビデオコーディネーター出身のブラウンが率いるニックスが、同じくビデオコーディネーターから上がったスウィーニーのいるスパーズを下した形になります。地味な裏方から始まる道が実はいちばん太いルートなのかも、と言いたくなりますが、調べたのは数人だけなので、そこまでは言い切れません。
Gリーグから。デイノー
マーク・デイノーは、さらに珍しい道です。コネチカット大で学生マネージャー(2003〜2007年)をしたのち、大学のスタッフを経て、2014年にサンダーのGリーグ傘下、オクラホマシティ・ブルーのヘッドコーチになりました。5シーズンで143勝107敗、3年連続のディビジョン優勝という成績を残し、サンダーのアシスタントを経て、2020年11月11日にサンダーのヘッドコーチに就任しています。NBA Gリーグ公式の記事には、球団のGリーグチームのヘッドコーチだった人が、そのまま同じ球団のヘッドコーチになったのは初めて、という記述があります。
記事には選手としてのプロ経歴の記載はなく、学生マネージャー出身の指導者です。その後コーチ・オブ・ザ・イヤーにも選ばれているそうです。Gリーグは選手だけでなく、コーチにとっても育成の場なんだなと実感しました。余談ですが、後で出てくるポポビッチの後任のミッチ・ジョンソンも、Gリーグのオースティンから上がってきた人です。
大学から。メイとスティーブンス
ダスティ・メイは、2026年の採用の中でいちばん驚いた人です。インディアナ大でバスケットボール・マネージャーから始まり、USCでビデオコーディネーター、その後いくつかの大学でアシスタントを務めて、フロリダ・アトランティック大のヘッドコーチとして2023年にファイナルフォーに進出しました。ミシガン大では2年間で64勝13敗、2026年に全米優勝を果たしています。そのオフの6月22日にマブスとの合意が報じられ、23日、NBAドラフトの数時間前に正式発表されました。NBAでの経験はなく、これがNBAで初めてのヘッドコーチ職です。
CBSによると、大学のヘッドコーチからNBAのヘッドコーチへの直接の転身は、2019年のジョン・ベイライン(キャバリアーズ)以来、優勝したヘッドコーチがそのままNBAへ転身したのは1988年のラリー・ブラウン(カンザス大の優勝後にスパーズ)以来です。NCAAとNBAの両方で優勝したヘッドコーチは、そのラリー・ブラウンだけだそうです。Hoops Rumorsは、マブスの選手であるクーパー・フラッグの意向も影響したと伝えていますが、これはあくまで報道ベースの話です。
大学からの転身は、もう少し前にもありました。2013年にセルティックスが採用したブラッド・スティーブンスは、当時36歳で、バトラー大での6シーズンで166勝49敗、ファイナルフォーに2回進出していました。NBAでのコーチ経験はないまま、大学での実績を引っさげてNBAに来た人です。
ヨーロッパから。イーサロとスプリッター
トゥオマス・イーサロは、フィンランドで14シーズンプロ選手としてプレーし、代表でも57試合に出ています。ヘッドコーチとしてはドイツのボンで2021年から2年間(ブンデスリーガの最優秀コーチに2年連続で選出)、2023年にはチャンピオンズリーグ(欧州のクラブ大会)で優勝しました。次のパリ・バスケットボールでは2023-24シーズンにユーロカップを制し、20勝1敗という成績です。2024年7月にグリズリーズのリード・アシスタントになり、2025年3月28日にジェンキンス解任後の暫定ヘッドコーチ、5月2日に正式なヘッドコーチになりました。フィンランド出身初のNBAヘッドコーチだそうです(NBA.com)。
ティアゴ・スプリッターは、元NBA選手でもあります。NBAで7シーズンプレーし、2014年にはスパーズで優勝しました。引退後はネッツのプロスカウトからアシスタント(2018〜23年、NBA.comより)、ロケッツで1シーズンのアシスタント、そしてパリ・バスケットボールのヘッドコーチ(2024-25、フランスカップ優勝)を経て、トレイルブレイザーズのリード・アシスタント、そして暫定ヘッドコーチとして42勝40敗でプレーオフへ。そのあと、ブルズのフランチャイズ25人目のヘッドコーチ(41歳)になっています。
パリ・バスケットボールのヘッドコーチ経験者が、イーサロとスプリッターと2年続けてNBAのヘッドコーチになっているのは、偶然かもしれませんが気になるところです。ヨーロッパで結果を出してNBAに呼ばれるルートは、これから増えていくんでしょうか。
フロントから。ポポビッチ
最後にグレッグ・ポポビッチです。ESPNによると、1994年にスパーズのフロントに入り、1996年12月に当時のヘッドコーチ、ボブ・ヒルを3勝15敗のスタートで解任して、自ら指揮を執りました。フロントの幹部が解任して自分でベンチに立つ、というのは、今思うとすごい話です。そこから29シーズン、通算1,422勝、優勝5回(1999、2003、2005、2007、2014年)、コーチ・オブ・ザ・イヤー3回を積み上げて、2025年5月にヘッドコーチを退き、運営部門の社長になりました。2026年現在の役職までは確認できていません。
後任は、2024年11月にポポビッチが軽い脳卒中を起こしたあと、暫定で指揮を執っていたミッチ・ジョンソンです。前述の通り、Gリーグのオースティンから上がってきた人です。
結局、どうすれば有名になれるのか
ここまで並べてみて、ルートは違っても共通していそうなのは、球団の意思決定をする人たち(運営部門のトップやGM、オーナー)に「この人に任せたい」と思わせていることです。元スターは知名度、ビデオコーディネーターやアシスタントは長い下積み、Gリーグ、ヨーロッパ、大学は指揮官としての結果でそこにたどり着いた、という見方もできそうです。ただ、これは今回並べた十数人からの印象にすぎず、「このルートが最多」と言えるようなデータは見つけられていません。
有名になる近道があるというより、結果を出して、面接で「この人だ」と思われた人が有名になっていく、ということなんでしょう。自分もE級・D級のコーチライセンスは持っていますが、NBAのヘッドコーチへの道は、ライセンスの延長線上にはまったく見えません笑。解雇された後にどうなるのか、平均でどれくらい続く仕事なのか、というのも気になりますが、今回は採用の話までに絞ります。
まとめ
NBAのヘッドコーチを決める人は、運営部門のトップ、GM、オーナーと球団ごとにまちまちで、流れは、前任者の退任、候補の洗い出し、複数回の面接、オーナー面談、オファー、合意の報道、正式発表、という順でした。現役のヘッドコーチと面接するには所属球団の許可が要り、球団は断れること、契約の年数や金額は球団の発表ではなく報道で知るしかないことは、調べて初めて知りました。
有名ヘッドコーチへのルートは、元スター、ビデオコーディネーター、Gリーグ、大学、ヨーロッパ、フロントと、想像以上にバラバラでした。特にビデオコーディネーターから始めた人が今回は何人もいて、裏方から入ってトップまで上がる道が実際にあるんだと知れたのは収穫です。
2026年のオフシーズンは6球団でヘッドコーチが替わり(NBA.comの集計)、大学から来たダスティ・メイのような驚きの人選もありました。新しいヘッドコーチが発表されるたびに、誰が決めて、どんな経歴でたどり着いたのかを見るのが、これからちょっと楽しみになりそうです。

