トレード期限はとっくに過ぎたはずなのに、優勝候補のチームに急にベテラン選手が加入している——NBAを見ていて、そんな場面に出くわしたことはありませんか。
あれが「バイアウト(Buyout)」です。シーズン終盤の、いわば第二のフリーエージェント市場。ただしこの市場、2023年の新労使協定(CBA)でルールが大きく変わり、いまでは「強いチームほど買えない」という、ちょっとねじれた構造になっています。
この記事では、バイアウトの仕組みとウェイブ制度との違い、そして毎年2月末に日本のNBAファンの間でも話題になる「3月1日」というデッドラインの意味を、2026年の実例を使って整理していきます。
バイアウトとは「給料の一部を返上して、契約を解除してもらう」こと
バイアウトとは、選手とチームが話し合って契約を途中解除する合意のことです。ポイントは、選手が残り給料の一部をチームに返上する点にあります。
「なぜ選手がわざわざお金を返すの?」と思いますよね。理由はシンプルで、出場機会が欲しいからです。再建中のチームでベンチに座り続けるくらいなら、数百万ドルを諦めてでも優勝争いをしているチームでプレーしたい——そういう判断です。チーム側にとっても、若手の出場時間が空き、サラリーキャップの負担が多少軽くなるメリットがあります。
返上額は契約の残り方によって変わります。過去の例では、カイル・ラウリーが1,138,964ドルを返上してキャップヒットを2,970万ドルから2,850万ドルに下げたケースや、ケンバ・ウォーカーが保証額の27.1%にあたる2,000万ドルを返上したケースがあります。
ウェイブとの違いを表で整理する
バイアウトとウェイブは混同されがちですが、別物です。というより、バイアウトは「ウェイブの前に行われる交渉」だと考えると分かりやすいと思います。
| 項目 | ウェイブ(Waive) | バイアウト(Buyout) |
|---|---|---|
| 誰が決める | チームが単独で決定 | チームと選手の合意が必要 |
| 残り給料 | 原則そのまま全額支払う | 選手が一部を返上する |
| 選手の動機 | 関係なし(通告されるだけ) | 出場機会を求めて自ら望むことが多い |
| 解除後の手続き | ウェイバー公示(48時間) | 同じくウェイバー公示(48時間) |
| 公示後 | 他球団の獲得がなければFA | 他球団の獲得がなければFA |
つまり、バイアウトで合意した選手も結局はウェイバー公示にかけられます。この48時間のあいだに他チームが「クレーム」すれば、その選手の契約はそのまま引き継がれます。ただし残り給料を丸ごと背負うことになるので、実際にクレームが入るのは稀です。誰も手を挙げなければ、選手は晴れてフリーエージェントになり、どことでも契約できるようになります。
なお、バイアウトした選手は元のチームに1年間(または契約が終わるまでの長い方)再契約できません。「わざと解除して安く再契約する」という抜け道を塞ぐためのルールです。放出された給料の扱いについては、ストレッチ・プロビジョンの記事も合わせて読むと全体像が見えてくると思います。
最重要デッドラインは「3月1日」
バイアウトの話で必ず出てくるのが3月1日です。ルールはこうです。
3月1日(東部時間23時59分)までにウェイブされていない選手は、そのシーズンのプレーオフで新しいチームの一員としてプレーできない。
ここで大事なのは、基準が「契約したタイミング」ではなく「ウェイブされたタイミング」だという点です。3月1日までに解除されてさえいれば、実際に新チームと契約するのはレギュラーシーズン最終日でも構いません。逆に、3月2日にバイアウトされた選手は、どんなに優勝候補が欲しがってもそのシーズンのプレーオフには出られないわけです。
だから毎年2月末になると、放出候補の選手とチームの交渉が一気に加速します。トレード期限(2月上旬)で行き場が決まらなかった選手にとって、3月1日は「今シーズン、優勝争いに加われるかどうか」の最終ラインなんですね。
2023年CBAの変更で「強いチームほど買えない」市場になった
ここからが、いまのバイアウト市場を理解するうえで一番重要なところです。
2023年の新CBAで、エプロンを超えているチームは、一定額以上を稼いでいたバイアウト選手を獲得できなくなりました。基準はノンタックスペイヤー・ミッドレベル例外(NTMLE)の額です。
2025-26シーズンのNTMLEは14,104,000ドルでした。つまり、解除される前の年俸がこの額を超えていた選手は、エプロン超えのチーム——この年はキャバリアーズ、ウォリアーズ、ニックスの3球団——とは契約できなかったということです。実際、年俸16,020,000ドルだったボグダン・ボグダノビッチはこの3球団の選択肢を最初から持っていませんでした。
参考までに、2026-27シーズンの数字も並べておきます。
| 項目(2026-27シーズン) | 金額 |
|---|---|
| サラリーキャップ | 1億6,496.1万ドル |
| ラグジュアリータックスライン | 2億0,042.8万ドル |
| ファーストエプロン | 2億0,901.5万ドル |
| セカンドエプロン | 2億2,168.6万ドル |
| NTMLE(バイアウト獲得の基準額) | 1,504.4万ドル |
このルールの狙いは明白で、「金満チームがシーズン終盤に元スターを次々と拾って戦力を積み増す」のを止めることです。ただ皮肉なことに、エプロンを超えているチームというのは、だいたい優勝を狙って補強しきったチームなんですよね。つまり一番バイアウト選手を欲しがるチームが、一番買えない。この構造についてはセカンドエプロンでNBAは本当に面白くなったのかでも触れています。
2026年のバイアウト市場で実際に動いた選手たち
理屈だけだと分かりにくいので、直近の実例を見てみましょう。2026年(2025-26シーズン)に解除され、移籍先が決まった主な選手です。
| 選手 | 放出元 | 当時の年俸 | 移籍先 |
|---|---|---|---|
| マイク・コンリー | ホーネッツ | 1,070万ドル | ティンバーウルブズ |
| カイル・アンダーソン | グリズリーズ | 920万ドル | ティンバーウルブズ |
| キャム・トーマス | ネッツ | 590万ドル | バックス |
| ヘイウッド・ハイスミス | ネッツ | 560万ドル | サンズ |
| メイソン・プラムリー | サンダー | 230万ドル | スパーズ |
| クリス・ポール | ラプターズ | 230万ドル | 現役引退を発表 |
ほかにも、ジェボン・カーターがブルズからマジックへ、ジェレミー・ソーハンがスパーズからニックスへ、タイアス・ジョーンズがマーベリックスからナゲッツへ移っています。
この表を見て気づくのは、年俸帯が全体的に低いことです。NTMLEを超えていた大型契約の選手は、そもそも行き先の選択肢が絞られる。結果として、バイアウト市場で実際に動くのは「安くて使えるベテラン」が中心になっています。最低年俸でナゲッツに加入したデローザンのような契約が増えているのも、同じ流れの中にあると言っていいと思います。
バイアウトから優勝に届いた選手たち
ルールが厳しくなったとはいえ、バイアウト補強が実った例は確かにあります。
- ボリス・ディアウ(2012年):ホーネッツに解除された後スパーズへ。2度のファイナル進出と2014年の優勝に貢献しました。
- ジョー・ジョンソン(2016年):ヒートに加入し、プレーオフで存在感を見せました。
- マーキーフ・モリス(2020年):レイカーズの優勝メンバーになりました。
- ブレイク・グリフィン(2021年):ピストンズからネッツへ移り、再評価されたシーズンを送りました。
いずれも「元オールスター級だけど、いまのチームでは居場所がない」という選手が、優勝候補でうまくハマったパターンです。逆に言えば、2023年以降のルールはまさにこの種の補強を狙い撃ちした、ということになります。
まとめ
バイアウトのポイントを整理しておきます。
- バイアウトは、選手が給料の一部を返上して契約解除してもらう「合意」。チームが一方的に切るウェイブとは違います
- 合意後もウェイバー公示(48時間)を通り、クレームがなければFAになります
- 3月1日までに「ウェイブされていること」がプレーオフ出場の条件。契約日ではありません
- エプロン超えのチームは、NTMLE(2026-27は1,504.4万ドル)を超える年俸だった選手を獲得できません
ちなみに、3月1日を過ぎてもプレーオフ要員を補強する方法がゼロかというと、実はそうでもありません。10日間契約という、もうひとつの入口が残されています。そちらについてはNBAの10日間契約とは?で詳しく書いたので、セットで読んでもらえると、シーズン終盤のロースター事情がかなりクリアになるはずです。

